
実は江戸時代の日本は現代のどんな国よりも、不用品をうまくリサイクルする社会だったという話があります。
世の中モノの価値なんて、ちょっとした人々の意識でガラッと変わってしまいますよね。たとえばダイヤモンドとふつうの石をとってみても、猿やゴリラなんかから見ればどちらも「たかが石」なんですよね。それがなぜダイヤモンドは宝石として重宝され、ふつうの石は見向きもされないのか?それは人がダイヤモンドに美しさを見出し、ふつうの石には美しさを感じないからです。実はゴミだと思って私たちが廃棄している不用品の中にも、ちょっとリサイクルすれば宝として扱われるものは少なくないのです。こうして不用品のリサイクルについて考えると、けっこう哲学的な方向にも話がいってしまいそうです。
現在地球規模でエコを奨励し、不用品のリサイクルなどが真剣に考えられている中、現代の日本人が忘れかけていた価値観をある外国人女性が思い出させてくれました。そのキーワードは「モッタイナイ」であります。これって人によっては、説教臭く聞こえてしまうかも知れませんが、道徳云々をぬきにしても、不用品を有効にリサイクルしないのは「モッタイナイ」ことなのです。
今や写真撮影もテレビ鑑賞もインターネットもできてしまう携帯電話。しかし最近の携帯電話って使い慣れたと思ったら、すぐに機種が新しくなって、まだ使えるのに不用品として廃棄したりしますよね。でもこれって本当にモッタイナイのです。上手くリサイクルすれば宝かも知れません。
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